新陰流兵法

新陰流兵法 流祖上泉伊勢守信綱が戦国の世に創始した、日本の剣術を代表する流派「新陰流兵法(しんかげりゅうひょうほう)」を伝える、「新陰流兵法転会(まろばしかい)」の公式フェイスブックページ

本部教場の稽古風景から(埼玉県川越市)相模原教場との合同稽古でした。本部教場には新しい仲間が加わりました。
04/10/2026

本部教場の稽古風景から(埼玉県川越市)
相模原教場との合同稽古でした。
本部教場には新しい仲間が加わりました。

一例として、現在はそんな人はいないと思いますが、昔は転会は、担当の人がいるのに、父や私にじゃないと問い合わせや連絡できないみたいな人もいました。面識が無いとしても、子供じゃないんですから、それぐらいはできると思います。そんなことすらできない...
03/10/2026

一例として、
現在はそんな人はいないと思いますが、昔は転会は、担当の人がいるのに、父や私にじゃないと問い合わせや連絡できないみたいな人もいました。
面識が無いとしても、子供じゃないんですから、それぐらいはできると思います。そんなことすらできない人が、かつては支部長をやってたりしたのです。
お話になりません。
 
また、最近の投稿において、「気にしない」と表現していますが、これの酷いものは、「何も感じない」です。
何も感じないということは、要は、師が言う、
「武道やる連中なんて自分勝手で自分さえよければいいろくでもない奴が多いから、まともに相手する必要ない」
これの、自分勝手で自分さえよければいいろくでもない奴ということだと思います。
とはいえ、
それでまともに相手せずに、弟子ではなくお客さんのように接して、そんな連中に何も注意したりもせずに好き勝手にやらせても、それこそ、ろくでもない会が出来上がっていたのは、当然のことです。
これを変えなければ、何も変わりませんし、始まりません。
(渡辺忠久)

結局は、今までの人生で関わってきた人たちとは180度違う性質の人たちの世界の住人に自分がなれるかどうかで、いまだにそれが完全にはできていない。新陰流をやる人たちとは180度違う性質の人たちとの関係をまだ完全には切れていない。これを完全にでき...
01/10/2026

結局は、今までの人生で関わってきた人たちとは180度違う性質の人たちの世界の住人に自分がなれるかどうかで、いまだにそれが完全にはできていない。
新陰流をやる人たちとは180度違う性質の人たちとの関係をまだ完全には切れていない。
これを完全にできるかどうかが新陰流をやっていく上での個人的な最大の課題です。自分なりにその努力はずっと続けてきました。
ただ、その必要性に何度も疑問を抱くぐらい、転会は異常でした。普通に数十年生きてきた人が備えてるものを備えてない人が昔はとくに多い会だったので。
(私個人の話です。他の人たちのことではありません。渡辺忠久)

01/10/2026
板橋教場の稽古風景から(東京都板橋区)
01/10/2026

板橋教場の稽古風景から(東京都板橋区)

教場のトップが、やけに1人の世界で、やけに気にしない人間で、ただ稽古するだけの感覚しか持ち合わせていないようでは、その教場は良くはなりません。他方、色々と諸事情はあるでしょうからなかなか思うようにはいかなくても、色々と気にしている教場のトッ...
29/09/2026

教場のトップが、やけに1人の世界で、やけに気にしない人間で、ただ稽古するだけの感覚しか持ち合わせていないようでは、その教場は良くはなりません。
他方、色々と諸事情はあるでしょうからなかなか思うようにはいかなくても、色々と気にしている教場のトップなら、まだ可能性があります。
 
気にしない人は、何故そんなに気にしないでいられるのかなと考えた時、
・そういう性格
・ただの稽古クラブでやってきたからその感覚しかない
・稽古以外のことや、新陰流の指導や打太刀について、何も注意されたりせずにやってきたから
・想像力が無い
・相手がどう思うかなどは関係ない
・頭が弱い
・融通がきかない
・1人の世界
こんな感じなのだと思います。
稽古についても稽古以外のことについても、かつての転会では、全然気にしないで相手がどう思うかなども考えなくてもいられたので、そういう人間が上級者に多く、教場のトップにも複数いる状態になっているという面も大いにあると思います。
気にしないから、師の教えも頭に入っていないし、指導においても肝心なことを見れないのでしょう。そして自身もヘタになっていく。
 
こんな人が教場のトップでは、その教場は、ただ稽古するだけで、稽古内容もレベルが低く、色々な意味で稽古サークル以下の頭弱いおじさんたちの集まりにしかなりません。
こういう教場トップが複数いるようでは、話になりません。というか、教場のトップが1人の世界の感覚では話にならないどころではありません。
 
会内にいるのにそこまで気にしないで平気な面していられるって、どういう神経なのかなと。他の教場がやってることを分かっているのに、何とも思わない感覚の人が教場のトップなんかやってて良いのでしょうか。
やはり、そういう人には、辞めてもらう又は教場の責任者を辞めてもらうという方法が必要なのだろうなと最近つくづく思います。
そんな気にしない人間が教場のトップでは良くなるはずがありませんので、それをやらないと、時間の浪費なので。
何度伝えていても何とも思わないか、考える能力が無い。直接だとこっちは激怒になりそうなのでそうならないように伝えているのに。
伝えたら(伝えなくても)ちゃんと気にして対応できる人や教場と、何も無い人や教場とでは、雲泥の差があります。稽古レベルについても稽古以外のことにおいてもです。
とくに、ただの稽古クラブで長くやってきた人が教場のトップの場合に、何も無い教場である場合が多いです。
 
ただの稽古クラブでやってきた人の多くは、所詮その程度だってことです。こういう人にはもう全員いなくなってもらいたいものです。こんな人たちに気を使いながらやっても何も建設的なことにはなりません。その人たちの師が「そんなのしかいない」と言っていたのが良く分かります。もちろん、全員がそこまで酷いわけではなく、普通に会話できるちゃんとした人も中にはいます。
他方、私が伝位を出してきた人の多くは、全然質が異なります。まともですし、気にする神経をちゃんと持ち合わせています。唯一、教場のトップが気にしないような人の教場のみ、私が伝位を出した人も、なんかなぁって感じの人がいますが。
(渡辺忠久)

ちょっと前の、刺身盛り合わせの写真の投稿の前半に書いてあるようなことを、もう20年ぐらいやっています。さすがに疲れてきます。それぐらい、昔の転会は何もかもがめちゃくちゃであり、かつ、異常な会でした。近年入門した人たちには想像もつかないレベル...
28/09/2026

ちょっと前の、刺身盛り合わせの写真の投稿の前半に書いてあるようなことを、もう20年ぐらいやっています。さすがに疲れてきます。
それぐらい、昔の転会は何もかもがめちゃくちゃであり、かつ、異常な会でした。近年入門した人たちには想像もつかないレベルだと思います。
 
昔、師に、転会のそういった面について問うたところ、
「そんなのしかいないんだからしょうがないだろ!!!」
と、逆ギレされたことがありました。
その時点だけで考えれば、たしかにしょうがないとは思います。そんなのしかいなかったのですから。
しかし、何故そんなのしかいなかったのかをちゃんと考えなければいけないと思います。新陰流の指導と同じです。結果には原因があるので。
武道やる奴なんてそんな連中がほとんどだなどで片付けてしまってはいけないと思います。この答えは間違いではないとも思いますが。
より具体的な答えもとっくに分かっています。
そんな人たちが集まってしまうやり方と、そんな人たちが集まってしまう天性です。
やり方は変えられます。天性は変えられませんが、トップが代われば変わります。
そんな人たちでやっていてはダメなことはもう明らか過ぎることです。上級者がそんな人たちでは、人は育ってきません。教場の責任者がそんな人では、教場は良くはなりません。
 
そんな人たちにとっての楽園状態だった当時と比べれば、現在はかなり大きく変わってはいますが、まだ、昔の名残があります。
この名残を完全に消し去る必要があります。
そんな人たちでは新陰流の指導や教場運営などは無理なことはもう明らかだからです。
ちゃんとやってる中でやってきてる人たちと、そうではない人たち。
教場のトップがしっかりしてる教場と、教場のトップに昔の名残がありそれを気にしてないような人がトップの教場。稽古サークル的な感覚でしかない教場です。実際には稽古サークルならみんなでこういうことをやろうなどを考えたりもするでしょうから、稽古サークルの方がそんな教場よりはよほどマシだと思います。つまり、教場のトップが所詮は1人の世界で、集まってる人たちもほとんどが1人の世界の教場。
これらによる、教場ごとの様々な面での質の差は、現在、分かりやすく表れています。
 
少し前に、師と話していてお互い共通で思っていたことは、
武道をやりそうなタイプとは正反対のタイプの人が武道をやる人には多い
です。具体的なことは省略しますが、ホント、これなのです。
そして、その正反対のタイプの人たちが多いから、どんどんダメになっている武道も多いのではないかと思います。古流剣術もまさしくそれです。
であれば、やるべきことは、この種の武道やる人にはそんな人たちが実際には多いから、広めるためにそんな人たちがやっていけるやり方をすることではなく、そんな人たちがやっていけないやり方をしなければいけません。
こんなことは、私はずーーっと前から散々言ってきました。にも関わらず、そんな人たちに都合良いやり方を続けてきたのは誰なんだと。
正直なところを言えば、会の内外に関わらず、自分で責任持ってゴミ処理はしてほしいなとは思います。保身をやめればできるはずですので。
 
それはともかく、
転会の中からそんな人たちをいなくさせることが、私の新陰流の活動の原点と言ってもよいぐらいですし、それが原動力になっていたことは間違いありません。
近年それをほとんどやっていないためか、どんどん体調が悪くなっている気がします。
やはり、初心に戻ることは大事なのかもしれません。
(渡辺忠久)

本部教場の稽古風景から(埼玉県川越市)アメリカのニュージャージー州で活動している虎教場からも2名参加しました。今回の訪日では今日が最後の稽古でした。また来年‼️
27/09/2026

本部教場の稽古風景から(埼玉県川越市)
アメリカのニュージャージー州で活動している虎教場からも2名参加しました。今回の訪日では今日が最後の稽古でした。
また来年‼️

まず、色々なことをちゃんとやっていくことで、頭悪くて自分勝手過ぎる人たちがいなくなるようにしました。その後、なよなよしてる人、変に神経質な人、変に神がかっている人、やけに思い込みの激しい人、異常なほど自分に都合良く解釈する人、わがまま言えば...
25/09/2026

まず、色々なことをちゃんとやっていくことで、頭悪くて自分勝手過ぎる人たちがいなくなるようにしました。
その後、なよなよしてる人、変に神経質な人、変に神がかっている人、やけに思い込みの激しい人、異常なほど自分に都合良く解釈する人、わがまま言えば通ると思ってるような人、などがいなくなり、劣等種の楽園状態からは脱しました。
これらの人たちにとって都合良くなるやり方ばかりをやってきたボスも、現在では、転会においてはそういうことはしません。
しかし、まだ、やけに頭弱い人たちが一部ですがいます。悪い人たちではないので、対応に困ります。
さて、どうするか。最後の難関といったところでしょうか。
情に流されたりせずに冷徹にやらなければ。私にとっての「主語は新陰流」とは、こういうことです。
以前の転会のように、本質的には新陰流はどうでもよくて、何の団体なのかも分からないわけのわからん世界は嫌なので。
 
また、
せっかく海外から来てる人たちが教場の稽古に来たので、その時ぐらいは写真撮ってみようとか、そういう発想にはならないものなのでしょうか。
稽古場所のルールは守らなければいけませんので、写真撮影禁止の場所の場合はしかたありません。ですが、そうではない場所なら、それぐらいの気は回ったりしないものでしょうか。
その程度のことすらできないものなのか、その程度のことすらめんどくさいのか、教場のトップ含めてその教場の誰一人としてその程度のことすら頭も気も回らないのか。
 
ただの稽古クラブで長くやってきた人たちの感覚って、1人の世界過ぎて、指導においてもその他のことにおいても、想像を絶するものがあります。
それらのような人たちとは、できることならあまり関わりたくはないものです。
(渡辺忠久)

本日も川越武道館で、アメリカとスペインから来ているメンバーと稽古でした。
25/09/2026

本日も川越武道館で、アメリカとスペインから来ているメンバーと稽古でした。

住所

埼玉県川越市
Kawagoe-shi, Saitama
3500041

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